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看護・介護職の腰痛と労災問題(2)

after・withコロナ――

1年前のケガについて「あれは労災だ」と突然の申出

 前回、「腰痛があっても労災申請をしない」という、看護師の〝特性〟の部分に触れましたが、逆に、こんなケースがあります。相談者は事務長です。

「先日、看護師のひとりが、1年前の業務中のケガが原因で腰痛になったから労災を申請したいと突然申し出てきました。ただ、当時の状況を把握している者はほとんどおらず、師長も報告を受けていません。病院としては安易に労災と認めたくないところですが、このような場合、どう対処すればよいでしょうか」

 看護師の腰痛は労災認定されにくいという話を前回取り上げましたが、原因となる事故発生日が労災申請をする1年も前となると、認定の難易度はいっそう増します。しかし、相当時間が経ってから「あれは労災だ」と申し出てくるケースは少なくありません。そこで、コロナ禍の最中、実際に私が対応した事案を紹介しながら対応策を検討してみましょう。

 あるとき、看護部一の〝問題職員〟とされている常勤看護師のAさん(63歳)が師長に、1年前の仕事中のケガが原因で腰痛になったから労災申請をしたいと申し出てきました。ケガをした際の状況と受診した病院を報告するよう師長がAさんに依頼したところ、後日、Aさんから手書きの報告書が提出されました。以下は、事故当時の状況と本人の主張を要約します。

*ちょうど1年前、夜勤明けだったAさんは、病室の前に置かれた簡易ベッドを1人で運んでいたが、途中から早番のヘルパーBさんと2人で物置まで運んだ。

*この作業中に腰をひねり、腰痛になったとAさんは主張。当直明けと翌公休日は自宅で安静にしていたが、だんだんと腰が痛くなり激痛があったため、2日後に整形外科を受診。そこで「右第5腰椎分離症」と診断され、今も通院中とのこと。

*自分の健康保険証を使って整形外科を受診しているが、その理由を「労災を申請してもいいとは知らなかった」とAさんは主張。

*事務長がヘルパーBさんに当時の状況を確認すると「痛いとか何も言ってなかった。苦痛の表情もとくになく、その後も何も言われなかった」との説明があった。

*Aさんは当時のことを師長にも誰にも報告しなかったとのこと。また、事務長が整形外科に確認したところ、「仕事中のケガだという説明は一切なかった」とのこと。

 以上が当時の概況です。ちなみにヘルパーBさんがなぜ1年も前の些細な業務のことを克明に記憶しているのかというと、AさんとBさんは普段から犬猿の仲で、BさんはAさんとのやり取りを小さなことでも必要以上に覚えているのだそうです。まぁ、看護師の世界ではありがちなことですが……。

過去の労災申請に「事業主証明拒否」の飛び道具

 このケースように、災害としての事実を確認(認識)した者がいない労災請求のケースで、病院側が検討すべきこと、取るべき対応はいくつかあります。

①本人の主張をどこまで信用するか、通常通りに労災申請させるべきか(申請するべきか)

②労災申請するためには、健康保険から労災保険への切り替え手続きが必要になる(手間がかかって非常に面倒)

③災害時から1年以上経過していることに加え、「腰椎分離症」という傷病名が労災としてほとんど認められない

 今回、Aさんの報告書や言動には疑義が多く感じられ、病院側としてはAさんの主張を全面的に認めたくはないが、労災請求を拒むわけにもいかない。そこで、まず私が提案したのは、「事業主証明拒否」という〝飛び道具〟でした。

 労災請求では、労働者が行う保険給付の請求手続に協力し、必要な証明をしなければならないとされています(労災保険法施行規則第23条)。この労災請求書の事業主の署名のことを「事業主証明」といいます。ただ、当日現場に居合わせた者がいない、本人からも報告を受けていない場合など、仕事中の事故なのか病院として事実確認ができません。こうした場合、事業主にも意見を申し出る権利があり、事業主証明を拒否したうえで、請求書の添付資料として、労慟基準監督署長へ文書(事業主証明拒否理由書等)で意見を申し出るものです。

 ただし、事業主証明拒否は労災認定の結果に直接影響を与えるものではありません。事故当時の状況や傷病名などから総合的に判断して労基署が決定します。

 今回は、当時一緒に作業した者(ヘルパーのBさん)が実際にいることなど諸々検討した結果、とりあえず事業主証明をしたうえで、代わりに病院側の主張をまとめた「申立書」を添えて労災請求書を提出することにしました。

腰痛で労災認定されるか否かは「傷病名」でほぼ決まる

 仕事中のケガなのに職員が誤って健康保険証を使って受診することは珍しいことではありません。この場合、健康保険から労災保険への切り替え手続きを行い、いったん治療費の全額を職員が自己負担したうえで労災保険を請求する手続きとなります(図参照)。労災保険が適用されると、治療費の全額が保険適用になり、本人の一部負担はなくなります。

 受診した病院で健康保険から労災保険へ切り替えができれば問題はありませんが、受診日から相当時間が経過すると、レセプトの締切日の関係上、切り替えられないことがあります。この一連の手続きについては、事業主証明拒否をするケースでは、労働者がすべて自分で行うケースもありますが、今回は、ほぼ病院で手続きを行いました。

 腰痛で労災認定されるか否かは「傷病名」でほぼ決まります。Aさんの整形外科での診断は「右第5腰椎分離症」でした。

 一般的に「腰椎分離症」は、腰部の過度のスポーツ動作によるストレスで起こる関節突起間部の疲労骨折とされ、病棟でベッドなど重いものを運んで腰をひねっただけで出る診断ではないといわれます。このことは、私も労基署や労働局の労災補償部署など数か所に事前に確認していましたので、今回のケースは「労災認定される可能性は低い」と考えていました。

労基署から求めらる報告書の内容で認定結果は見える

 その後、私は労基署の窓口に労災請求書を提出しに行きましたが、この際、災害から相当時間が経過していること、傷病名(腰椎分離症)の点から、調査事案のため審査に時間を要することを担当者から告げられました。今回はコロナ禍ということもあって、実地調査は行われず、報告書等を提出する形式で調査が行われました。

 そして半月後、病院が労基署から提出を求められた報告書は、『災害性の原因によらない腰痛に係る報告』でした。「災害性腰痛」ではない時点で、労災と認められない可能性が高いといえます。その後、事務長が添付資料を添えて報告書を提出しに行った際にも、労基署の担当者から「認定されない可能性が高い」という趣旨のことを言われたようです。

 ちなみに、労災として認定されなかった場合(不支給となった場合)、全額自己負担した治療費は再度健康保険に切り替えることはできます。

 労災の認定結果は、労働者本人に直接通知されます。結果は、予想していたとおり、「不支給決定」の通知が本人宛に届きました。

カテゴリー: 介護 医療

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