Case Study
労働基準監督署の調査で最も多いのが、時間外労働に関する法令違反だが、調査で必ず確認される事項に割増賃金の算定方法がある。計算基礎に入れるべき手当を除いて計算していたため、「算入すべき手当を足して計算し、差額を支払え」と是正勧告を受けるケースが多い。目立つのが「精皆勤手当」の扱いの勘違いで、労基署の担当者が「誤認が多いので精皆勤手当はやめたほうがいいのでは…」と言うほど指摘される事案が多いという。
A病院にも労基署の調査が入り、毎月支給している皆勤手当を割増賃金の計算基礎から除いていたことを指摘され、是正勧告を受けた。病院では10年以上前から皆勤手当を除いて割増賃金を算定していたが、その理由が「以前の調査で労基署の担当者にそう指導されたから」(事務長)ということで、今回の指摘に驚きを隠せなかった。
「皆勤手当は計算基礎から除く」と労基署の指導のまま長年
7月某日、A病院に労基署の調査が入りました。突然の臨検ではなく、系列の特別養護老人ホームが5月に労基署の調査で是正勧告を受けたことに起因し、事前に通告されての調査でした。安全衛生や勤怠管理の点でいくつか是正勧告を受けた中で、皆勤手当を割増賃金の算定基礎に算入していないことも違反事項として指摘され、令和7年1月1日から6月30日までの6か月の期間の割増賃金を計算し直し、差額を支払い、8月25日までに是正報告するよう勧告されました。
この指摘に驚いたのが調査対応した事務長です。「平成24年に特養に労基の調査が入り、その際に監督官に皆勤手当は割増賃金の算定基礎から除外してよいと指導され、以来ずっとそうしてきた」とのことです。特養の施設長も同様に「確かにあの時の監督官にそう言われた」というから事務長の勘違いということでもなく、当時の監督官の勘違いか知識不足であったのかもしれません。
理由はともかく、違反は違反なので、多忙を極める事務長でしたが、皆勤手当を含めて6か月間の時間外手当を計算し直す面倒な作業に取り掛かりましたが、「1か月数十円の差額のために、こんなに大変な苦労をしないといけないのね……」と事務長。
割増賃金の計算基礎から除外できる賃金は7種類のみだが例外もあり
割増賃金の計算基礎から除外できる賃金(労基法37条5項)は「家族手当」や「住宅手当」など7つに限定されています【※解説1】。ここで除外される賃金は、労働と直接的な関係が薄く、労働者に一律に支給されない手当のこと。これらは例示ではなく、限定列挙されたものなので、この7種類に該当しない賃金は、原則すべて割増賃金の基礎賃金として算入しなければなりません。
ただし、7種類の除外賃金の中でも例外となるケースがあります。「家族手当」であっても、扶養家族の人数に関係なく一律に支給する場合は除外できません。同じように、「生活手当」や「都市手当」といった生活補助を目的に支給される手当であっても、家族の人数に応じて支給されるものでない限り除外することはできません。
また、住宅手当についても例外があります。住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給するような場合は除外できますが、例えば、賃貸住居居住者には2万円、持家居住者には1万円と定額で支給する場合は除外できず、計算基礎に算入しなければなりません。
家族手当に代わる子女教育手当
7つの除外賃金の中でも馴染みが薄い子女教育手当は、労働者の子どもの教育費を補助するために支給される手当とされ、主に海外勤務者の子どもが対象となるケースが多い。子どもの年齢等にかかわらず定額支給するような場合は該当しませんが、年齢や学費の多少に応じて支給する場合は除外賃金に該当します。また、2歳児までの保育料を補助する「保育手当」なども子女教育手当に該当します。
近年は家族手当を廃止する企業が増えていますが、家族手当に代わる手当として高校卒業までの被扶養者を支給対象としている企業も多いようですが、子どもを対象にした福利厚生として安心して働いてもらおうというものです。
毎月支払うなら除外できない 精皆勤手当を除外できる方法は?
精皆勤手当は、労働者の出勤奨励を目的として、一定期間内に、1日も休まずに出勤した場合に支給される手当を指しますが、実務上は、一部遅刻・早退や欠勤があっても支払われる「精勤手当」と、1日も欠かさず勤務しないと支払われない「皆勤手当」に区別され、二つまとめて「精皆勤手当」と呼ばれます。近年、企業の導入率は減少傾向にあり、また、支給額は大企業よりも中小企業のほうが高い傾向にあります。ちなみに有給休暇を取得したことで精皆勤手当を不支給とすることは認められていません。
毎月支払いなら精皆勤手当は算定基礎から除外できませんが、以前、某病院の事務長から「2か月ごとに支払うことで除外できないか」と問われたことがあります。確かに、7つの除外賃金の中の「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」については、精皆勤手当や能率手当などを1か月を超える期間の成績等によって支給される場合も該当すると考えられます。1か月を超える期間ごとに支払われる賃金は除外することが可能ですが、労働基準法施行規則8条により、次の3種類に限られています。
・1か月を超える期間の出勤成績によって支給される「精勤手当」
・1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される「勤続手当」
・1か月を超える期間にわたる事由によって算定される「奨励加給」または「能率手当」
これまで毎月支払っていた精皆勤手当を2か月に一度支払う形に変えれば除外賃金の⑦に該当するとその事務長は考えたわけです。
しかし、単に支払い方法を変更するだけで問題を回避できません。「単に毎月払いを回避する目的で精勤手当と名づけているもの等はこれに該当しないことはもちろんである」(労基法コンメンタール)とされており、勤務成績を判定するのに1カ月以上必要な特別の事情が必要となります。
「通常の労働時間又は労働日の賃金」に該当しない夜勤手当は除外できる
病院では業務の態様が多種多様であり、非常に多くの手当が設けられており、複雑な賃金体系をとっている場合が多いですが、病棟手当、外来手当、手術手当、研究手当、危険手当、職務手当などは基本的にすべて割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。割増賃金の計算基礎から除外される7種類の賃金に該当しない賃金はすべて割増賃金の基礎に算入しなければならないからですが、厳密には、その前に「通常の労働時間の賃金」に該当するか否かの判断が必要です。その点で例外的なのが看護師等に支給している「夜勤手当」です。
看護師の夜勤手当について、正規の勤務時間による勤務の一部又は全部が深夜において行われる看護等の業務に従事したときに支給される夜間看護手当は、労働基準法第37条第1項の「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは認められないから、同項の割増賃金の基礎となる賃金に算入しなくともさしつかえない(昭和41年4月2日 基収第1262号)とされ、割増賃金の算定基礎から除外することができます。また、宿日直手当などの手当は、所定労働時間外の労働に対する賃金であるため、「通常の労働時間または労働日の賃金」【※解説2】には含まれないと解釈されることから、割増賃金の基礎賃金とはならず、計算に入れる必要はありません。
なお、同じ「夜勤」であっても、例えば保育園のお泊り保育の際に支給する手当は除外できません。1年に1回のお泊り保育の付き添い等の業務は「特殊作業手当」と同様と考えられ、行政通達でも、特殊な作業についていわゆる特殊作業手当が加給される定めになっている場合に、時間外に特殊作業に従事すればその特殊作業手当は「通常の労働時間の賃金」に含まれるとされています(昭23.11.22基発第1681号)。
危険、有害業務などの特殊な作業環境において勤務する者に対して支給する特殊作業手当は、新型コロナウイルス感染拡大の最中に支給する病院も多く見られましたが、こうした手当も割増賃金の計算基礎に算入しなければなりません。

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