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適応障害で労災を主張されたら(2)

前回の続き―――。

単なる「適応障害」では簡単には労災認定はされない

 適応障害は、強いストレスが原因で心や体の調子を崩し、仕事や日常生活に支障をきたす精神疾患の一つとされ、長時間労働や人間関係のトラブルなどが原因で発症するケースが少なくありません。うつ病と混同されやすいですが、発症の引き金が必ずあるのが適応障害、発症の引き金がないことが多いのがうつ病で、適応障害はつらいと感じるストレスの対象から離れると症状が和らぐと言われます。

 原因が業務に起因する場合は労災認定される可能性はありますが、労災と認められるには、労災と認められるには、令和5年に改正された精神障害の労災認定基準【※解説1】に基づき厳密に判断されます。改正により評価基準が明確化され、審査の迅速化、請求の容易化などが図られたため、これまで以上に迅速に、業務を起因とした精神障害であると認められるケースは増加傾向にありますが、精神障害の労災認定要件【※解説2】はこれまでと変更はありません。

 Kのケースは、強い心理的負荷を感じるような出来事があったとは考えられず、他部署に比べて残業は多いものの、K自身は月20時間を超えるようなものではなく、Kの気質によるところが大きく、単なる適応障害を理由に労災認定される可能性は低いと考えられます。適応障害を理由に安易に労災申請する事例をつくりたくないという病院の考えもあり、今回は病院として労災申請はしない、K側が自分で申請する場合も申請書の事業主証明はしない方針となりました。

「事業主証明拒否」の是非と効力は

 労災を申請するのは事業主ではなく、労災を利用したい労働者が労働基準監督署に請求書を提出して行うのが原則ですが、事故等のため自分で労災請求の手続が困難な従業員については事業主が手続を行えるように助力しなければならず、従業員から求められたときは、必要な証明をすること(事業主証明)が義務付けられています【※解説3】。こうしたことから、労災申請は事業主が窓口になって申請手続のサポートをするのが一般的です。

 しかし、病院として労災ではないと考えている、原因となる事象の事実確認ができない、申請書の事業主証明欄を記載すると事業主として業務起因性を認めたことになってしまう……。こう考える場合、職員の希望どおりに労災の申請をさせたうえで、事業主証明を拒否し、請求書の添付資料として意見(「事業主証明拒否理由書」ないし「申立書」)を申し出る方法が適当です【※解説4】。

 また、事業主証明欄が空欄の申請書を労働者自身が労基署に提出した場合であっても、事業主は労災請求に係る報告書の提出を求められ、立入調査が入る場合があります。ただし、事業主証明拒否は労災認定の結果に直接影響を与えるものではありません。

 今回のケースだけでなく、例えば、看護師の腰痛に係る腰椎分離症【※解説5】などほぼ労災認定されない症例の場合、労基署の窓口でも「認定は難しいですよ」と事前に言われ、申請をあきらめるケースも少なくありません。Kさんの場合も、あれから2か月以上経っても労基署から何ら問い合わせも通知もないため、申請はしていないものと思われます。

※解説1 心理的負荷による精神障害の認定基準の改正(令和5年9月1日基発0901第2号)

 精神障害等については平成23年に策定された「心理的負荷による精神障害の認定基準について」に基づき労災認定が行われてきたが、令和5年9月に認定基準が改正され、評価基準を明確化し、より適切な認定、審査の迅速化、請求の容易化が図られた。

<改正ポイント>

①業務による心理的負荷評価表の見直し

 ・評価表の具体的出来事に追加された事項

 「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)

 「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」

 ・心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例を拡充

  パワーハラスメントの6類型すべての具体例、性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含むことの明記等

②精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲を見直し

 悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がない場合でも、「業務による強い心理的負荷」により悪化したときには、悪化した部分について業務起因性を認める

③医学意見の収集方法を効率化

 専門医3名の合議により決定していた事案について、特に困難なものを除き1名の意見で決定できるよう変更

※解説2 精神障害の労災認定要件

①認定基準の対象となる精神障害を発病していること

②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められる※1こと

③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと

※1「業務による強い心理的負荷が認められる」とは、業務による具体的な出来事があり、その出来事とその後の状況が、労働者に強い心理的負荷を与えたことをいう。

※心理的負荷の強度は、精神障害を発病した労働者がその出来事とその後の状況を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価する。「同種の労働者とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する人をいう。

※解説3 労災申請における事業主の助力義務

「保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。」(労災保険法施行規則第23条1項)

「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。」(労災保険法施行規則23条2項)

※解説4 労災申請における事業主の意見申出の権利

「事業主は、当該事業主の事業に係る業務災害、複数業務要因災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる。」(労災保険法施行規則第23条の2)

※解説5 ほぼ労災認定されない「腰椎分離症」

・腰椎分離症は、腰部の過度のスポーツ動作によるストレスで起こる関節突起間部の疲労骨折とされ、病棟でベッドなど重いものを運んで腰をひねっただけで出る診断ではないといわれる。

・労基署から提出を求められる報告書には、「災害性の原因による腰痛」(災害性腰痛)と、「災害性の原因によらない腰痛に係る報告」(非災害性腰痛)とがあり、後者を求められた時点でほぼ不支給と考えられる。

カテゴリー: 医療

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