ある師長さんの切実な思い。
「病棟の師長(女性)をしています。部下の看護師S(女性)からのセクハラ行為に悩まされていましたが、次第にパワハラと思える言動に転じてきて、精神的な苦痛から休職せざるを得なくなりました。復職してSと働くことを想像すると復調どころか悪化するばかりで、病院からは辞められると困ると再三にわたり慰留されましたが、結局退職することにしました。
Sの行為は長期間にわたるうえ、休職中に相談窓口の事務長には何度も相談しましたが真摯に対応してもらえませんでした。病院には安全配慮義務違反があると考えますが、病院にハラスメント対応への責任を問いたい。」
事務長の初動対応のまずさにより労働審判に発展
結論から申し上げると、この師長さんは、労働局が実施する無料の「調停」と、地方裁判所が実施する有料の「労働審判」を選択肢に検討し、弁護士の助言もあって労働審判を選択しました。女性同士のセクハラ、部下からの逆パワハラという要素を含んだ本件の事の顛末を詳しく見ていきましょう。
◆本件の顛末◆
・看護師S(以下、S)は入職後、この師長の部署に配属され直属の部下となる。
・Sは積極的に夜勤を行うなど精力的に働く一方で、入職してすぐに職場での人間関係に悩み、 師長に頻繁に相談するようになる。
・師長もSの相談に毎回真摯に対応していたが、Sからプライベートで食事に誘われることが増え、負担に思うことはあったが、仕事上の大切な仲間であり、部下であることからSの誘いに極力応じていた。
・Sは師長が年上で、上司である関係性から当初は敬語を使っていたが、LINEでの連絡が日に数十件に及ぶようになった頃から敬語を使わなくなってきた。(友人言葉になってきた)
・Sは夜勤などで師長と二人きりになると「うれしい」と発言するなど、Sの態度に違和感を覚えたため、師長はSのLINEに対して返信をしないなど、少しずつ距離をとるようになった。
・Sの行動は次第にエスカレートしていく。勤務前や勤務後に師長が髪の毛を下ろしていると匂いをかいだり、師長の私物の匂いをかいで、「この匂いが好き」などと言うだけにとどまらず、抱きしめられたり、家に行きたいと言われるようになった。
・そして、とうとう「師長が好き」と思いを告げられてしまう。
・師長はSを傷つけないように、Sの思いに答えられないことを告げると、Sの行動は一変し、パワハラ行為へと転じていった。
・Sは夜勤を突然休むなど師長が困ると思う行動をとるようになり、「シフト通りに出てほしければ食事に付き合え」と脅したり、業務命令に従わずに一日中無視をしたり、師長の人格を否定するような発言を繰り返すなどのパワハラ行為を職場で行うようになったため、病棟の他の看護師も異変を感じるようになった。
・師長は病院に設置されている相談窓口に相談したが、窓口である事務長が放った言葉は、
「女性同士でセクハラは成立しない」
「部下からのパワハラは成立しない」
と誤った法解釈により師長からの相談を放置してしまった。師長はその後も何度か事務長に相談したが全く進展はなかった。
・Sの行動はさらにエスカレートし、自傷行為をした動画を師長にLINEで送り、「今すぐ家に来ないと死ぬ」と発言することが頻繁にあったが、病院に相談しても何も動いてくれないと思い、Sの求めに応じるしかなくなっていた。
・そうしているうちに師長は精神的な苦痛から、とうとう休職せざるを得なくなった。
・師長は休職期間中も、復職し、Sと働くことを考えるだけで復調するどころか悪化することから、病院に退職を申し出た。
・事務長からは「いま師長に辞められると困る」と再三にわたり慰留されたが、病院への不信感もあって結局退職することにした。
・師長は病院に安全配慮義務違反があると考え、労働局や弁護士に相談し、労働局の「調停」と、地方裁判所の「労働審判」を選択肢に検討したが、Sからの行為が長期間にわたったことと、休業中に事務長に何度も相談したが真摯に対応してもらえなかったことなどから、弁護士の助言も受けて労働審判を選択した。
事務長のメールでの苦言、暴言が致命的な証拠に
本件の病院側の問題点は初動対応のまずさに尽きます。相談窓口である事務長が、「同性同士のセクハラ、部下からのパワハラは成立しない」と安易に判断し、当事者や第三者に聞き取り調査もせず、事実確認をするなど法に定める防止措置を怠ったことです。
労働施策総合推進法ではパワハラ防止措置義務を次のように定めています(一部抜粋)。
●相談体制の整備……相談窓口を設置し、相談に適切に対応できるようにすること。
●問題が起こった時の事後の迅速かつ適切な対応……事実関係を迅速かつ正確に確認し、速やかに被害者に対する配慮のための措置を行うこと。事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと。
病院として初動対応を怠っただけではありません。当時の状況的に、Sと接触せずに済む部署への異動が可能であったにもかかわらず、それも検討されなかったことも病院への不信感につながりました。
不信感をさらに助長させたのが休職中の師長への事務長からのメールでした。
「あなたが休んでいるから現場が大変だ」と苦言を呈す
「管理職としてのあなたの責任を問うことになる」と脅かしともとれる内容がくる
「Sはレズビアンだから」とSの悪口までもメールでくる
また、「調査をしなかったのは申し訳なかったですが」と、調査しなかったことをメールで露呈するなど、明らかに病院が不利になるような証拠をすべてメールで残してしまっている。
ハラスメント問題の対応において、相談者(被害者)や行為者(加害者)とのメールのやり取りは証拠として残るため十分に注意する必要があります。労働局の関係者に聞くと、最近は会社側も巧妙?になり、退職勧奨と受け取られないように、メールの文面の最後に「全面的にバックアップします」など労働者に寄り添うような言葉を添えた書面やメールの文言が多いと言います。
労働審判に発展したときの病院側のリスク
労働局の調停は、紛争状態であれば無料で利用できますが、強制力はさほどなく、事業主が参加を拒否すればそこで終了となります。労働審判は事業主と労働者の労働関係のトラブルの解決に特化した地方裁判所の紛争解決制度で、申し立てた労働者の費用負担も、事業主が受ける金銭面や労力面のダメージも相当なものです。申立者は在職中の労働者ではなく、退職者がほとんどというのも労働審判の特徴です。
ちなみに労働審判民事訴訟における「解決金」の相場(平均値)は、労働審判は約230万円(給与6か月分)。これに対して労働局の「調停」や「あっせん」の半数以上は20万円未満で終了しています。
こうしたパワハラ事案で労働者が弁護士に相談するケースでは、証拠不十分と思われると弁護士は労働局(の制度)を紹介する傾向にあるようですが、本件の場合、弁護士は師長さんに労働局を紹介せずに労働審判を選択させました。メールなど証拠が十分そろっていたため(勝ち目があるため)であると思われます。
特殊な事案であっても病院が取るべき対応は、ただ一つ
本件において、相談窓口である事務長がとるべき初動対応は、相談者の師長の話に傾聴し、Sへのヒアリングを実施し、第三者(同じ病棟のスタッフなど)へのヒアリングを実施し、まずは事実確認をきちんとすべきでした。(事案と状況により、Sへのヒアリングより先に第三者へのヒアリングを実施します)
セクハラは同性でも起こりうる問題であること、Sの行為の何がパワハラにあたるのか等を厚労省が示している定義を参考に一定の判断を下し、Sに対して注意・指導、業務命令違反も含めて必要に応じて懲戒対象とすることも必要でした。もちろん、師長さんなり、Sなりを可能な限り病棟異動させることも必要でした。
プライベートでの食事など職場外での出来事にも及んでいるため、この師長さんのSへの対応はプライベートにまで深入りし過ぎたのではという声もありますが、相手が相手だけに師長さんを攻めるのは酷というものでしょう。
病院の場合、事務長が相談窓口になっているケースが多いのですが、ハラスメント対応については事務長への同情の余地はあります。それに関しては次回第2弾でお話しします。
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